映画評『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ 歌うケツだけ爆弾!』
冒頭に登場のケツだけ星人といい、ゲストキャラのお駒夫人といい、そして野原一家といい、今回はミュージカル色が前面に出ていて、観ているこっちが不思議と爽快かつ明るい気分にさせてくれる。そのリズミカルな歌も耳にいつまでも残ってしまう。戸田恵子演じるお駒夫人はまさに一級品。見事なハマリ役だろう。
その一方で、『クレしん』シリーズの伝統(?)であるお下品なネタやらパロディは健在。今回は、過去シリーズのネタも借用していたようで、ケツだけ歩きやらキン○マ攻撃やらアフロジャングルやら、ファンにはニヤリとするシーンが満載。もちろん、この話のメインテーマである、野原一家(もちろんシロも)の家族愛にはホロリとさせられ、見事なエンターテイメント映画に仕上がっている。久々に『クレしん』映画で大いに楽しませてもらったと思える作品だった。
ただ、お駒夫人らひなげし歌劇団が、なぜ爆弾を狙っていたのか、そこらへんの意図があまりよくわからなかったのが残念。具体的に描けば、もっと面白くなったと思う。
映画評『サマータイムマシン・ブルース』
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『踊る大捜査線』シリーズで知られる本広克行監督が、劇団ヨーロッパ企画の戯曲を映画化したSFコメディ。「タイムマシン」が登場するからには、舞台は遥か昔か未来・・・と思いきや、行き先は昨日というスケールの小さいもの。だが、面白さは十分に保証済みの映画だ。
「過去」を変えることで「今」を変えるという『バブルへGO!』などとは違い、こっちは「過去」を変えようとすることで、逆に「今」がなくなってしまうという危機を描いている。そこから歴史を変えさせないように彼らは奮闘するのだが、その行動が結果的につじつまが合い、ひいては時の壮大さを伺わせるものになっている。前半の登場人物の不可解な行動なども最後まで見ればよくわかる。あのエアコンのリモコンがあれだけの時を経てきたということも納得がいく。まさしく「時をかけるリモコン」だ(笑)
結果を見れば、この作品でのタイムトラベルの描き方は、「時間」はそう簡単に変えられるものではない、不可避な力を持った存在だということである。そんな力に抗おうと思ったのか、主役の甲本拓馬の最後でメンバーにある問いかけをする。
「過去」よりも変えたいもの、それは…。それはそれで、かなり困難かも。
映画評『名探偵コナン 紺碧の棺』
GW恒例となった『名探偵コナン』劇場版シリーズの第11作目。今回は、2人の女海賊が遺したという財宝が眠る神海島を舞台に繰り広げられるサスペンスだ。
冒頭からいきなりのアクションシーン(それも、佐藤刑事が、ルパンと不二子の覆面をした強盗犯を追うカーチェイスだ。)でさっそうと飛ばしてくれる。(だけど、出す必要性があったのかどうか疑問。)
やがて、舞台は神海島に移るが、そこからは財宝を狙う人たちの思惑が絡み合い、事件が複雑化の様相を見せる。何でもないような登場キャラが、実は事件解決の手がかりを教えてくれる重要なキーパーソンだったり、いつもは頼りない高木刑事が今回は機転を利かせたところを見せたりと、意外性のある展開を見せてくれる。これまでのシリーズとは、一味も二味も違うストーリーに、まだまだコナンも捨てたものではないと思う。
欠点を挙げるとすれば、女海賊2人と重ね合わせて、蘭と園子が大活躍するということを予告編などで伺わせていたのだが、その割にはちょっと薄っぺらだった気がする。もう少し彼女たちの活躍を描いてほしかったところ。あと、コナンたちが海底遺跡から脱出するあたりのシーンは、少しムリヤリな気も・・・。こういうご都合主義的なところもさすがはコナンだ。とはいえ、美馬和男がラストシーンで言ったセリフを聞くと、それはそれでよかったのかもしれない。
テーマ:劇場版名探偵コナン 紺碧の棺 - ジャンル:映画
山本弘氏が「次回の『らき☆すた』ED曲予想」コミュを立ち上げ
文字通り、みんなで次回のEDの歌を予想するためだけのコミュということらしい。mixi会員で、『らき☆すた』ファンは参加してみては?なお、予想が当たっても賞品は出ないらしいのであしからず…
<追記>
もう一度念のために申しますが、このコミュを立ち上げたのはSF作家の山本弘氏です。『らき☆すた』の山本寛監督とは全くの別人ですので、ご注意ください。
<参照サイト>
山本弘のSF秘密基地
mixi「次回の『らき☆すた』ED曲予想」
懲りないテレ朝。今度はOP&衣装変更にファンの反応は?
このテコ入れについて、当然のごとく、ファンからは批判の声が上がっている。藤子ファンの間で人気のあるブログ、「藤子不二雄ファンはここにいる」のkoikesanは、今回のOP主題歌変更について、「1年半でのOP主題歌変更はあまりに早すぎる」と批判。
さらに衣装変更については、「服装の変更くらいで『ドラえもん』のテーマや本質がどうこうなるものではないという考えもあるだろうが、実はマンガ・アニメの画風と主題とストーリーは密接に関連しているので、こうした表面上の変化がテーマや本質を歪めていくことだって充分にありうる」と懸念している。koikesanは日記の最後で、「もっとずっと大事なのは、藤子F先生の描いた『ドラえもん』の物語構造やアイデアの料理法や根底に流れるスピリットを深く理解し、それをアニメ作品に着実に反映させていくことだ」と主張している。
衣装変更などについては、先日発売された『映画ドラえ本』の中で楠葉監督は、「今の子どもたちの感覚にフィットするのであれば、たとえばジャイアンやのび太にハーフパンツをはかせたり、スネ夫や出木杉にパソコンを持たせたりね。いきなりそうはしませんがそうしてもいいんじゃないかという意識だけは持っていますね」と語っていたが、それが早くも実行に移された結果となった。
もはや視聴率のためなら、なりふり構わぬテコ入れを続ける『ドラえもん』。いい加減自分で自分の首を絞めていることに気づかないのか、テレビ朝日よ。
<参照記事>
「ドラえもんのキャラクターのファッションが今風になります」(livedoorニュース)
「「ドラえもん主題歌」に新人歌手起用」(スポーツニッポン)
「5月11日から『ドラえもん』のOP主題歌が新しくなる」(藤子不二雄ファンはここにいる)
<おまけ>

元ネタ:ねたミシュラン「どこの局でもそうだと思うけど」より
もう一つオマケ。
「テレビアニメ」が死語となる日
「ゴールデン撤退続くアニメ番組 深夜で増殖“大人向け”」(ZAKZAK)
「大人向け」のアニメを否定するつもりはないし、それはそれであっても構わないのだが、やはり子供のためのアニメが少なくなっている状況は寂しい。私自身は、子供のころからアニメには楽しませてもらったし、今もアニメは好きなので、これから先も一つの文化として今の子供たちにもアニメを楽しんで好きになってもらいたいのが正直な気持ちだ。
とはいえ、「文化」という一言だけでは、そう簡単に放送できるものではない。(少なくとも今の地上波テレビにおいては、)視聴率が取れなければ放送できないのが常のようで、どんどんとアニメ番組が追いやられている。それゆえに、『ドラえもん』や『名探偵コナン』、『クレヨンしんちゃん』といった人気のある長寿アニメでさえも、芸能人を起用するなどして話題性を確保し、視聴率を維持していかなければならないのが、ゴールデンタイムアニメの悲しい現実である。
だが、「ドラマ」と同様、作品そのものを見せる「アニメ」にとって、そうやって話題性にすがるばかりのアニメ番組制作は、長期的に見てメリットのあることかどうか、その実効性すらも疑わしい。